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法人(ホールセール)から個人(リテール)へ

90年代中盤からの長期不況で、銀行は収益向上のための戦略ターゲットを設備投資意欲が低下した企業か
ら、圧倒的な数を誇る一般の利用者に大きく転換し、業績回復を図っています。

金融業界は90年代中盤から、極度の業績不振に陥りました。ご承知のとおり、バブル経済が崩壊し、土地を批保に多くの企業に貸し付けていた巨額の融資が不良債権になったからですJ銀行からの借り入れを当初の契約どおり返済できない企業は倒産または事業縮小を余儀なくされ、会社存続のために持金を減らしたり、社員を削減したり、工場を売却したりといったリストラを敢行していきました。そのような状況のなかで、企業は精一杯の企業努力を続けていきましたが、悪循環に陥ります。世はデフレ経済に移行していたのです。

大手の銀行は98年から、例外なく国から資金的支援を受けて不良債権の処理に力を注ぎました。これが公的資金の投入です。具体的には、銀行が株式を発行して、それを国が購入し、その購入資金を原資にして不良債権の処理を行い、10年で返済する計画です。05年3月末には、大手銀行の不良債権額は融資総額の半分近くにまで下がり、やっと返済のめどが立ちました。

一方、金融業界の業績低迷がもたらした長期不況は、金融機関、特に都市銀行を筆頭とする大手銀行の収益戦略に大きな転換をもたらしました。一時期の不況は脱したとはいえ、企業の業績は全体から判断すれば低調気昧であり、いままでのような旺盛な設備投資意欲が復活したとはいえません。そこで大手銀行は、これまでの法人営業中心の事業戦略を維持しつつ、従来あまり熱心に収り組んでこなかった佃人向けの営業に力を入れ始めました。

都銀と消費者金融が手を結ぶ時代に

その象徴的なニュースが、99年に明らかにされた都銀と消費者金融の合弁会社の設をでしょう。三洋信販と旧さくら銀行(現三井住友銀行)、プロミスと旧三和銀行(現。二菱東京UFJ銀行)という都銀と消費者金融の大手同士が出資して消費者ローン会社を作り、00年から営業を開始しました。

消費者金融大手各社は、このころ空前の利益を上げ、毎年過去最高益を更新中でした。一方、大手都銀は巨額の不良債権処理に苦しみ、収益の源泉をどこに求めていいのか迷走中でした。消費者金融は当時、株式上場を果たすなど徐々にイメージが向上していたので、都銀としては業務提携を結ぶ機会と判断し、彼らの収益向上の秘訣を学ぼうと考えたのです。

こうした動きを境にして、大手銀行は法人(ホールセール)から個人(リテール)へ収益向上のための舵を大きく切ったのです。融資と決済代行が業務の中心であるクレジットカード業務は、大手都銀の戦略転換によって、いま大きく変貌しつつあるのです。






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